株主(投資家)が求める短期的な利益と、安全性や長期的なリスクに備えるコストは相反するものであろうから、議論は噛み合わず平行線のままに終わるだろう。
そして時間さえ経てば危険性に対する感覚は忘れ去られてしまい、利益や経済性が追求されることになり、安全性や環境配慮の考え方は二の次にされてしまうのかもしれない。


ところで本当に原子力発電所の運用コストは安いものなのだろうか?

原子力発電所のほうが運用コストが安いと言われているが、使用済み核燃料の最終処分までのコスト、廃炉にして解体するのに30年かかるコストまで含んでいるのか?
誰か教えてほしい。

さらに今回の福島のように浜岡がトラブルをおこした場合の補償に関わる費用も含んでいるのだろうか?
誰か教えてほしい。




理論的には可能性が示唆されている核燃料のリサイクルや高速増殖炉のような無限サイクル、そして物質をエネルギーに変換する核融合炉などなど。
理論的には可能であっても、それを形にするという生産技術が追いついていないのではないだろうか?
さらに言えば、例えば原子力発電所の配管に使われている厚いステンレス鋼管を均一に溶接する技術があるのだろうか。そこに熟練の溶接工の技能に頼らなければならない状態であるならば、それは技術的には問題であり、その熟練の溶接工がいなくなれば作れないということになると思う。
そして今、2007年問題の時に取りざたされた技能の継承という問題は、退職された優秀な技能者の再雇用ということで延命されたが、はたして継承されたかは甚だ疑問である。

つまり、今の時代では理論的に正しい物体を作るのは困難であり、将来、作れなくなるのではと危惧しています。
もちろん自動車くらいの大量生産に必要な程度の生産技術は確保されているのでしょうが、一品ものの巨大な高精度なものを作ることは困難になるのではと思います。



核開発における穏やかなエネルギー変換については理論的には可能なのでしょうが、人類にとってはまだまだオーバーテクノロジーであり、開発はとめるわけにはいかないと思う。
しかしそれを運用する場合には確実にリスクは存在し、それは短期的な利益とは相反するものであると思う。

それを理解したうえでリスクと共存しながら、経済性的な効率とバランスさせていけばと思う。




こういった長期的なリスクとのバランスが必要なものを株式市場にあげることは相応しくないと思う。